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ごめんなさい、しばらくブログ休みます。


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バロン生き返ってほしい

「少しは立ち直ってきた」などと下書きに書いては、涙に暮れる今日この頃です。

大丈夫だろうと夕食の買い物に出かけては急に涙に襲われる、まだ気の抜けない毎日。

でもね、実は先日、どうしても東京方面に行かねばならない用があったのでそのことで気が張っていたのか、しばらくは自分でも驚くほど「立ち直れた」大丈夫な日が続いたの。

だけどその用が終わって帰宅したらまたあの時の悲しみ苦しみがぶり返してきた。

バロンは最期お風呂場で長時間苦しんだので、私、二週間以上お風呂場に入ることができず、髪も洗えなくてものすごい汚い状態で生活してました。

それどころか、実は洗面所もバロンが苦しんだ場所の一つなので、顔も洗いませんでした。

いや、お風呂に入れなかった理由はそればかりではないかもしれない。

すごい下痢をしてたバロンを何度も何度もこの腕に抱きかかえた。その私にはバロンの汚れがついている。その自分を洗うことはバロンの存在の証を洗い流すことのような気がして、どうしても出来なかったの。

東京に行かないといけない日が近づいてきて、もう明日だよという日に、胸が張り裂けるような思いでお風呂に入りました。

それまで「人間こんなに汚くなっても生きられるんだな」と、ぼーっとした頭でぼんやり思っていました

今日の更新はこれだけにします。

読んでくれるお友達に申し訳ないと思うけれど…

ごめんなさい。

可愛いバロンの写真を探してアップしますね。
本当にお利口さんだったバロンでした。
可愛かった。

PC100203(3).jpg

バロンごめんなさい

コメントどうもありがとうございました。

実はバロンは、とても痛くてつらい死なせ方をしてしまったんです。

それに、そもそも助けられたかもしれないのに結果的に死なせてしまったと後から分かりました。


お正月でいつもの先生に診てもらえなかったので別の獣医に連れて行ったのですが、突然、命に関わるほど悪い状態だと告げられ、

「普通ならAという処置をしたいんだけどそうすると今度はこういうことになる可能性があるから出来ない、でBという処置も理由があって出来ない、Cも出来ない」などと長い説明を受けた後、「自分で看取らなかった飼い主さんは皆さん後悔されてますよ」と真剣な口調で言われ、検査をするだけされて処置はほとんどなしのまま家に連れ帰るようすすめられました。

待ち時間も長かったのでその間にもバロンは衰弱していったと思います。

泣きながら連れて帰り苦しませながら必死で看病したのですが -- 普通の痛み止め使えない状態だったのでそのまま帰ったのですが、あまりに苦しそうなので再びボス夫だけ病院に戻り鎮静剤を処方してもらい帰ってきました、ですが想像してたような効果がなく余計に苦しませてしまいました --

このことを一生忘れることはないと思います。バロンが苦しむ姿、だんだん衰弱していく様子、何も出来ない自分達。

水も飲めないほど弱って鎮静剤で朦朧とした状態なのに、水のような下痢を何度も繰り返し、そのたびにぐったりしてた状態から自分で立ってよろよろとトイレに行こうとするバロン。抱きかかえてトイレをさせ、泣きながらお尻をさっと洗い、見守るしかできない私達。触るだけで痛そうにするバロン。(犬がものすごく痛いときにするポーズというのがあるのです。それを何度も何度もするバロン。助けてあげられなかった。痛みも止めてあげられなかった・)

朝になり本当に本当の危篤状態になりいつもの先生のところに駆け込み、あの病院でされた血液検査などの資料を見てもらったら、「こんな(早い)段階で看取る話をされたのか?」「何もせず帰されたのか?」というようなニュアンスの驚き方をされました。

「これこれこう言われた」という私の話を聞きながら「いや、僕はそうは思いません。今のこの状態でもできることはある。ましてこの段階(私が持参した血液検査の表などを見ながら)だったら絶対、方法はありました」と言いました。


すごくつらいです。

入院させて面倒みてくれるような環境ではない病院に連れて行ってしまった私たちの過ちです。

そんな大切な判断が出来ないほど、ただ漫然と人生を生きてしまっていた私たちの愚かさによってバロンは死んでしまったんです。

夫婦の問題、自分の人生の問題を、見ないふりしてごまかして十何年も生きて来てしまったから、

もう問題があっても見えない人間に成り下がっていたのだと思います。



大切な大切なバロンをこんな形で死なせてしまった。

犬の実名でブログしてしまってるので詳しく書けないんですが、あの時いつもの先生に診てもらえてたら、とか、

動揺してしまって何も考えられなくなって相手の言うことを鵜呑みにしてしまった自分達の愚かさが信じられないという気持ち、

私達はバロンになんとひどいことをしてしまったのだろう。

気が狂いそうでした。



また書けるときに書きます。




バロン死んでしまいました。

私の大切なバロンが、今朝亡くなってしまいました。

2017年がこんな悲しい出来事で始まってしまった。

12月中旬からずっと調子悪かったけど下痢してるだけで食欲もあったし動きも普通に良かったのに。死ぬような病気ではなく体調が悪いなあという程度でした。

最期は病院で、先生も本当に一生懸命救おうとしてくれたけど、そして一時は持ち直したけど、その後心臓が持たず止まってしまいました。

原因はわかりません。推測はいくつかできるらしいけど。

ちゃんと記録に残せる日がくるかどうかわからないけど、いつか書けたら書きたいと思います。

皆さんごめんなさい。

まだ全然実感がない。

同級生が急逝した

同級生が急逝した。

高3のとき同じクラスで大学も同じ大学に進学したから、大学1年の頃のランチタイムは何となく集まって毎日一緒にお昼食べてた子でした。

教養棟のフロントヤードの芝生の上で、沖縄のあの太陽にガンガン照らされながら毎日ピクニック気分で。
今考えるととんでもないけど当時は紫外線怖いっていう認識なかったんです。(80年代)

女子が集まってお弁当広げてるもんだから時々地元紙やマイナーなメディアにインタビューもされた。

好きな車は何ですか?  ソアラ♪
今乗ってる車は何ですか?  ファミリア(笑)

みたいなやりとり、率先してやってくれた子だった。(80年代)

その後、専門教科が入りだすとビルの場所が全然違うので(キャンパスが違う)なんとなく疎遠に。

それでも30代前半までは何かと交流あったんだけどその後途切れてしまって、今回のことも今日まで全然知らなかった。

発展途上国の医療に貢献すべく、国の大きな機関から派遣されて海外で頑張っていた時期があったことも知らなかった。

他にも色々想い出はあるけど… ここではこれを彼女への追悼メッセージとします。

書かずにはいられなかった。

Rest In Peace.